May 10, 2006

どうなんだこれは

Seibun

本名で解析。

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April 04, 2006

きっと僕はいつからかずっと眠り続けていて。
眠りながら生きていて。
終わってしまうことを恐れようともせず。
続いていくことを願おうともせず。
初めから諦めていて。
ただピリオドを打つことを、ためらっていただけで。

でも僕は目覚めてしまったから。
もうしばらく眠れそうにない。

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March 19, 2006

生きているだけで寂しいから、人のいるところに戻りたがる。

ただそれだけ。

死ねば楽になれるとでも言うのでしょうか。

ただ終わるだけなら、いつでもできる。ずっとそう思い続けてきた。

だからこれからも、同じことを繰り返しながら、きっと生きていく。

人の匂いを嗅ぎ分けながら。

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March 14, 2005

モノは扱えなくても人なら扱える(語弊有)

少なくとも仕事に限っては特にこれといったスキルもなくマネージメント能力だけで生きていこうとしているんだから、自分自身のマネージメントをしっかりとこなせないようならもうその時点で終わりだなと思った。
そんな転職活動半月目の夜。

とりあえず、なんかうまいこといきそうです。がんばる。

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March 11, 2005

孔雀のように飾り羽を広げ続ける、という物語

今でこそ中卒だからといってそのことが私自身の市場価値において必要以上のネガティブな要素になるとは考えていませんが、しかし今より若い頃の私は学歴がないという事実を常に意識しながら生きていたように思います。そうすることで自分自身を鼓舞していた、と言ってもいいでしょう。

目立たなければいけないと思っていました。それはあたかも孔雀のように、空を羽ばたき翔けていく能力を磨くより、まずは美しく飾り立て翼の見栄えを良くすることに努めてきました。美しい羽で人々を魅了し、注目を浴びることで、私自身の価値を高め、人と人の間で生きていく物語における選択肢を広げようと目論んできました。
そうした私の企みはその時々でそこそこの成功を収めてきましたが、しかしここに来て一抹の疑念が私の脳髄に巣食って止まないのです。

果たして孔雀は、空を飛ぶことができるのでしょうか。

私の翼が真に「飛べない翼」なのか、あるいは全く別の可能性を秘めているのか、今はまだわかりません。
けれどもう少しだけ、企みを続けてみようと思っています。

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February 01, 2005

自分はとんでもないものを

 模倣しようとしているのかもしれない。
 そのことに気付いたのはつい先ほど、西尾維新著「サイコロジカル下巻」を読み終えたときでした。

 先日、二年半ほど前からその完成をずっと伸ばし伸ばしにしてきた青春小説とも文学小説とも取れないある意味での私の職業作家としての――現実に今現在そういう立場にいるかどうかは別として――処女作を書き上げて梱包して郵便番号と宛名をいささか間違えながらも何とか目的の新人賞を主催している出版社には辿りつくであろう程度には正確な宛名書きを記して600円弱ほどの私財と引き換えにそれを郵送して、それから、これまた一年と半分ほど前から書き掛けたままずっとほったらかしにしていた、今度こそ真の意味で第三者の嗜好品として耐え得るだけのものを書こうと意気込んで執筆に当たっていた、見方によらずともどこをどう読んでも西尾維新を意図的に模倣した小説原稿を、その文脈を、私は今日の今日までつらつらと書き連ねていたわけですが、
 今になってそのことを少しだけ後悔しています。

 私はとんでもない作家を――あるいは途方もない文脈を模倣しようとしていたのかもしれません。

 自信を失くしたりはしませんでしたが、少なくとも確信は失いました。とはいえ自信なんてものほど頼りないものもないわけですが。この世で頼っていいのは実績のみだというのは持論でも何でもなくただの体験談ですがそれはまた別の話です。
 ロジックと文脈の波間を揚々とせせら笑いながら思いつくがままに言の葉を振りかざして極めて確信的に革新的にあるいは核心的に遊び歩いているような人間に、ロジックと文脈の渦中に切々として溺れながら流されるがままに言の葉に囚われて極めて受動的に迷走的にあるいは自虐的にのた打ち回っているような私が、いったい全体如何様にして立ち向かえば良いと言うのでしょうか。別に立ち向かう必要はないのかもしれませんが。

 そんな、ちょっとだけ切なくて、少しだけ悔しくて、そして大いに愕然とした二十一の若年も残りわずかな冬の夜なのでした。
 何にせよ、読み掛けた本は早めに読んでしまおう、ということですね。
 後悔は早めにするに越したことはないですから。なかったですから、ですかね。どっちでもいいですね。どちらにしたところで同じですね。
 まぁ今月もそんな感じで気まぐれにやっていきます。どんな感じかわかりませんが。

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January 24, 2005

生産者として長く続いていくために

ご無沙汰振りですね。
最後に書いた記事が6日日付なので二週間と半分ほど振りでしょうか。

ここ数週間は何をやっていたのかというと、ずっと応募原稿と睨めっこしていました。とある文学系の新人賞に応募する予定の小説原稿です。
他に用事がないのをいいことに、一日中部屋に引きこもってキーボードと格闘していたので、その間はほとんどインターネットにすら接続していません。
何か一つのことをやり出すと他のことを全くしなくなるのは私の長年の悪癖ですね。直したいです。

直したいのにはそれ相応の理由があります。
何かに集中して延々とそれだけをやり続けるのは作業もはかどりますし多いに結構なのですが、反面、長続きしないんですね。
これは全てにおいて言えることだと思うのですが、物事を長く続ける秘訣はいかに気を抜くか、という点にあると思っています。
人は決してスーパーマンではないので、頑張れば頑張るほどその分消耗していくわけですが、私のように何かに夢中になると他のことが見えなくなるタイプは得てしてその点を無視しがちです。その結果として最終的には息切れして終わっていくのがこれまでの私のパターンでした。大きなスパンで見ればそのようなことを大体一年単位で繰り返している気がします。
「うまく休めない」って感じでしょうか。先日のニート関連の記事でも書きましたが、今でこそ私は貯金を食い潰すがままに気ままなニート暮らしを満喫しているわけですが、それでもこれまでの短い人生の中でそれなりにいろいろなことは試みてきました。しかしそれらのどのケースにおいても私は一様に一年ないし一年足らずで区切りをつけてきました。それは仕事であったり個人的な趣向であったりと様々ですが、結末は同じだったと言わざるを得ないでしょう。

何かをやっている間に、その作業自体を苦痛に感じたことは、実はあまりありません。仕事であれ私個人の趣向であれ、何かをしている際はその作業を自分なりに楽しんできましたし、現場においての功績もそこそこ上げてきました。先にも述べたように一つのことに集中すると他をかえりみずにその作業だけをやり続けるので、仮に仕事に限って言えば、事実多くの現場で大いに必要とされてきましたし、そのことについて私自身も満足していました。

但し、それがいけませんでした。

人に、あるいは現場に認められるとすぐにいい気になる私は与えられる仕事を断るということを知りませんでした。むしろ自分から率先して仕事を増やし続けて、その仕事内容が自分の手に負えないものになったときに初めてその過ちに気付くわけです。勿論そうなってからでは遅すぎるわけで、私の出来不出来に関わらず現場は既に「それは私がやるべき仕事だ」と認識しています。それから私が自分の限界にいたたまれなくなりその場を去るまでには多くの時間を必要とはしません。
それは仕事に限らず個人的な趣向であった場合でも同じ話で、私はこれまでいろんなことに没頭してきましたが、没頭するが故に自分の限界を見定めることができていなかったように思います。ぼろぼろになるまで手入れもせずに使い続けるパソコンに似ていますね。壊れて初めて気がつきます。

何故そうなってしまうのか、という点についての解答は実に簡潔かつ明快です。
「やり続けていないと不安」だからです。
これは今まであまりに多くの物事に気の向くままに飛びついては離れていった経験から来る弊害なのかもしれませんが、私はこれまであらゆるケースにおいて「誰よりも多く、誰よりも早くやる」ことで、同僚あるいは同じ趣向を持つ者との間に一線を画そうとしてきました。物事を長く続けてきた経験がない私にとっては、そうすることでしか自分のその場における価値を見出してこれなかったんですね。それが功を奏したこともままありますし、私という人間の数少ない長所であるとも思いますが、同時に致命的な欠点でもありました。

最後に仕事をやめてからずっと考えて続けてきたことが二つあります。
一つは、選ぶということの大切さ。
この点については以前のエントリでも軽く記したことがあるので省きます。要は断ることも重要だということです。
そしてもう一つは、長く続いていくことの難しさ――そして尊さです。
以前の私にはそもそも長く続けていく気がなかったという問題も往々にしてあるのですが、では実際に自分は何かを長く続けていけるのか、という点については少なからず目を背けてきた部分があると思います。
長く続いていくためにはどうすればいいのか。以前はただがむしゃらに突っ走っていればなんとかなると思っていました。でも結果的にはどうにもなりませんでした。無鉄砲に、あるいは思うがままに突き進んできた私の所業には必ず何らかの形で終わりが訪れてきましたし、そのどれもが「飛ぶ鳥あとを濁さず」とはいっていなかったように思います。様々な場面で様々な状況に対して一時的にでも貢献していたとしても、最終的には自分でやってきたことを全て投げ出す形でいろんな人に迷惑を掛け続けてきました。思えばこの一年はそのことを延々と後悔し続けた年だったとさえ感じます。
もっと早く気付くべきでした。自分に無理を強いずに続けていけるだけの分量を見定めるということ、そして何より疲れたら休むべきなのだということ。そんな当たり前のことを、これまで私は己の傲慢から省みてこなかったのだと思います。

そうして今まで散々始めては止めてを繰り返してきましたが、ここ一年くらいからでしょうか、そろそろ何かを長く続けていきたいと感じるようになってきました。歳のせい、というほど歳はとっていないつもりなのですが。
何故そう感じるようになったのかと言えば、築き上げてきたものが時と共にことごとく終わっていく、という現状にうんざりしているのも要因の一つではあると思いますが、何より長く続けていきたいものを自分の中に見出しつつあることが大きいと思います。

繰り返しになりますが私はこれまでいろんなものをやめてきました。そしてそのやめてきた物事に対してはそれ以降ほとんど関わりを持たずに暮らしてきました。そこには先に述べてきた私の個人的な悪癖の他にも、止めるに至るなりの根源的な要因が存在したからです。それは現場、あるいは業界自体の決定的な破綻であったり、それこそ言い出せば切りがありません。
しかしそんな中で唯一、もう一度やってみたいと考えるに至ったことがありました。
それこそが一番初めに触れた、物書きとしての生き方でした。
それはともすれば単に一番手っ取り早いから、という理由でしかないのかもしれません。文脈を綴るという行為だけであればどのような環境も必要とはしませんし、そこに私一人いれば容易に達成することができますから。再び始めるには最も容易な作業です。しかし本当にそれだけの理由でしかないのであれば、私はとっくに文脈と縁を切っていることでしょう。
物を書いていきたいと考えるようになったのは何もここ最近の話ではありません。もう随分と前から、私は文脈と綴る行為を自分の生業としたいと考え続けてきました。しかし例によって私は幾度となく文脈を捨ててきました。それもそろそろ終わりにしたいと思います。

人間が人と人の間で生きていくものなのだとしたら、私は私自身の文脈を介して人と関わり合っていきたい。
それは気まぐれに思いつくがままに当て所もなく生きてきた私にとって、唯一変わらずに志し続けてきた思いでした。
穿った見方をすれば、それはある一定のラインからは決して他者の介入を許さず、孤独でありたいと望んでいながら、そのくせ人恋しくて中途半端に人との関わりを求めてしまう私の悪癖に他ならないのかもしれません。しかしそれが今の私に出せる精一杯の解答であることを、私は否定することができませんでした。正解だとは思いませんが、そういう選択をしたいと思っています。

私はこれまで何度も文脈そのものから逃げ出してきました。逃げ出した先で、なんとか自分の形を変えていこうと試行錯誤してきました。人は変わっていかなければならない――否、変わり続けていかなければならない、と、そう思っていた時期さえあります。
きっと人はどのような状況においても変わっていくことができるでしょう。事実私はそうしてきましたし、それは人がより良い在り方を模索していけるという希望でもあると思います。しかし、一度ある特定の物事に対しての成長――あるいは進化を望んだのであれば、長く続けていかない限り、その限界は知れているのだと思います。
それは人との関わり合いについても同じことです。終わりの果てから生まれた変化――その先にそれまで関わってきた人たちは存在していませんでした。
私は物書きとして進化していきたいと思います。文脈を介してより多くの人と関わっていきたいと思います。だからこそ、長く続けていきたい。
そのためにも私は自分自身の限界を常に見定めていなければならないし、なおかつ私にとって程よい分量の文脈を定期的に生み出し続けていかなければならないのですが、なかなかうまくはいかないようです。既にこのエントリを書いている時点でオーバーワーク気味のような気もします。
あるいはまた、私は文脈から逃げ出してしまうのかもしれません。しかしそれでもいいと思います。しばらくしてまた戻ってきて、そういうことを繰り返していく中で、少しずつでも長く続いていけるようになるのであれば、それでもいいと思います。勿論そうならないように気をつけたいものですが。


今回はほとんど日記のようになってしまいましたね。
ニート関連記事へのTBも予定していましたが、今回は控えます。
記事自体の内容的にも少々尻切れトンボですが、そろそろ原稿に戻りたいと思います。
もうほとんど書き上げたつもりでいたのですが、読み返しているうちに気になる点が二、三、出てきたのでもう少し掛かりそうです。
その間、blogには気が向けば近況でも載せようかと思います。
できれば一週間程度で終わらせたいものですね。

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December 26, 2004

人間という虚構の象徴としての言葉

昨日の21時頃でしょうか。NHKでドキュメンタリーの特番をやっていたので観ました。
人類の祖先がいかに進化してきたのかを地球の地殻変動と共に追っていって、最終的には人類滅亡の危険性を視聴者に訴えかけて終わるという、ある意味見慣れた感のある番組でした。
とはいえこういった番組をこれまでしっかりと拝見した記憶はなかったので、興味本位で眺めていたわけですが、番組中に特に個人的な興味を引かれた一節があったので紹介しておきます。
ある生物学者によると、人間が歴史上の他の生物に比べても急激すぎる進化を遂げられた背景には、言語を用いることを覚えた影響が強いのだそうです。
それまで遺伝子のみに頼った進化を繰り返してきた人間ですが、言語を用いることによってより多様な、あるいは急速な進化を可能にできたというのです。

私はこれまで「言葉は人類最大の発明である」という意見を一貫して私自身を形作る上での大前提としてきました。
だからといってこの場で「私の意見は生物学的にも認められた」などということを主張する気は全くなくて、むしろその前提は私にとって陰鬱な足かせとなっていたことのほうが多かったと思います。

今からちょうど三年ほど前でしょうか。その頃の私は言葉――あるいは文脈そのものに対して極度のコンプレックスを持っていました。
作家として、あるいは文脈の中で生きる者としての未来に執着するあまり、他のどのような行動や感情よりも先に文脈が形となって自分の中に湧き出てきてしまうという奇妙な生活が、私をほとほと苦しめていました。
それはとても不思議な感覚でした。何をするにも、常に文脈と共にあるのです。食事をしているときも、用を足しているときも、私の頭の中では文脈がリアルタイムで生成されていく。それは例えるならば常に物語を綴りながら生活しているとでもいうような、自分の見たもの感じたものがある種強制的に言語化されていくという、「文脈依存症」とでも呼ぶべき症状でした。
文脈の中で生きたいと願った者が文脈と共に日々の生活を営むというのはむしろ喜ばしいことなのでは、とも思われますが、その頃の私を束縛していたのも間違いなく文脈そのものでした。

私自身の手によって私の意図とは関係なく自動生成されていく文脈。それは必ずしも私にとって希望的な言葉で綴られてはいませんでした。
月並みですが夢を追い求める若人にとって重要なのは未成熟な言葉で理屈をこねることでも何でもなくて、行動を起こすことそのものにあると私は思っています。
しかしながら文脈の中で生きたい願う若者であった私にとって、それは抗いがたい矛盾に満ちたものだったのです。

いつしか私は言葉を捨てたいと願うようになりました。この文脈の連鎖から抜け出して、自由になりたいと。
しかしその一方で私はより一層自らの言葉に執着しました。この文脈を誰かに伝え残したい、そう切に願っていたように思います。それは言葉に侵された私による、私なりのコミュニケーション手段だったのかもしれません。
その当時書いていた小説の最後のほうに、私はこんな一節を記していました。

 今はまだ、他人の言葉は信用できない。私たちは誰かの言葉にとらわれ、自分の言葉を見失い、文脈に踊らされては、言葉が真実を歪めていく。

言葉というものは誰かに何かを伝える上でこれ以上なく確かな手段でありながら、そのくせ根源的なところでは絶対的に虚ろな存在です。言葉が人間自身による創造物である以上、それはこの世のあらゆる物象に対して人間が自らの主観によって勝手にカテゴライズとネーミングを行ったものでしかなく、そういう意味では言葉はどのような場合においても真実たり得ないと言えます。むしろそれは誰かの言葉と誰かの言葉が重なり合えば合うほどに、真実から遠ざかっていくような気さえします。
人間は言葉を発明したことによって進化を遂げ、この世界を解明しうる手段を手に入れたと言われていますが、その一方で言葉そのものの悪癖によってこの世界をより一層わかりにくくしていたりもするわけです。
人は自分自身を形作る上で自分自身の言葉を必要とします。しかしその言葉そのものが既に虚構なのだとしたら、それによって形作られる人間という存在も、然るべく虚構に満ちているのではないでしょうか。

話を戻しますが、番組は「言葉によって進化を遂げ、繁栄しすぎた人間は、言葉によってその暴走を食い止めなければならない」というようなことを視聴者に訴えかけて終わります。
しかし私はここで言葉そのものの危険性を問わねばなりません。
言葉はそれが仮に自らの素直な心の内から湧き出たものであったとしても、それが言葉である限り、誰かの、あるいは自分自身の真実を歪めていきます。
ただ人は既に根源的に言葉に依存しすぎており、いまさらそれを捨て去ることなどできないでしょう。
しかしだからこそ、伝えるだけではだめなのだということを、私たちは忘れてはならないのだと思います。
人類の滅亡云々に関しては正直さほど興味がありません。けれど言葉によって私たちが互いに互いを歪め合う結果になっているという現実は、充分嘆くに値する現状です。
言葉が虚ろであるのなら、せめて互いに響き合い、行動し合うことで、私たちは繋がっていかなければならないのではないでしょうか。
文脈という牢獄から抜け出せないのなら、その中をいかに生きていくのか。その点にこそ私たちが私たちという虚構を生き延びる道筋の可能性の一片が示されているのではないかと、私は思います。

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December 23, 2004

頑張るのではなく、選択するということ

「人間は無理してでも踏ん張らなきゃいけない時がある。その時は体はついてくるんだ」
という言葉を残した古い俳優さんがいらっしゃるそうです。

もし故人の言うように人間には踏ん張らなきゃいけない時があるのだとしたら、私の「その時」はいつなのでしょうか。
もう終わってしまったのか。それともまだ訪れてはいないのか。
仮にもう終わっているのだとすれば、確かに心当たりはあります。
しかしその出来事は私にとって必死に踏ん張った記憶こそ残したものの、最終的にはささやかな失望だけを残して私の下から去っていきました。いや正確に言えばその場から去ったのは私のほうだったわけですが。

人が踏ん張らなければいけないとき。
それは物語に置き換えれば言わば転の期。物語が最高潮の盛り上がりを見せている瞬間に他ならないのではないでしょうか。
結末に向かう最も重要な場面の終わりにおいて、そこに残ったものが失望だったとしたら、果てしてその物語にハッピーエンドを望みうる可能性はどれほど残っているのでしょう。
「無理してでも踏ん張った」あとに残るものが必ずしも自分にとって希望的なものではないのだとしたら、人は何のために頑張るのでしょうね。
甘ったれるなと言われればそれまでですし、私自身そう思います。
それでも「報われない」ということはとても淋しく、悲しいものですし、それを甘んじて受け入れるのはそれなりに苦痛だというのも事実です。
ただそれよりもっと悲しいのは、自分が認められているという事実とその期待を受け入れられないまま、その場から逃げ去ってしまうことだったりするわけですが。
結局大切なのは「無理してでも踏ん張る」ことでも何でもなくて、その場が自分にとって希望的な場であるか否か見極められるかどうか、なのではないかと、私は思います。
それを見極められなかったということこそが、この私の敗因でもあるのですから。

とはいえ物語は続きます。
もし物語に次の局面が訪れるのであれば、私は肝に銘じておかなければなりません。
初めから戦いを避けるという選択肢もあるのだということを。
物語において状況がこちらの意図とは関係なく巡っていくのだとしても、主人公が自ら何かしらの行動を起こさない限り、主人公にとってのどのような物語も始まってはいきません。
だとすれば、選択するチャンスはいくらでもあるはずなのですから。

明日になれば全く別のことを言っているかもしれない。
そう思うことがよくあります。事実そうだったこともあります。
言葉が常に変化と新生を繰り返していくものであるのと同じように、私の中の文脈も常に変動し続けていくのでしょうね。
唯一の真実を求められても応えようがありませんし、そんなものが実在するとは思いません。それは今も昔も私の中にある大前提です。
結局はただの言葉なのだということ。
未来永劫変わらない「真実」があるのだとすれば、きっとその一点に尽きるのだと思います。

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